【地域】
 長野県上松町
【ジャンル】
 伝説スポット
【参考リンク】
 
寝覚めの床地図

2004/1/20 信州旅行記(6)

 まずは、ひたすら木曽山中の国道19号を走ります。
 「木曽路はすべて山の中である」、島崎藤村「夜明け前」の一節などを助手席に娘さんでも乗っていれば呟いて「うわ、武さんてインテリねぇ」などと思わせる企みなどを持ったかもしれませんが、一人でそんなことつぶやいても虚しいだけなので、ただひたすらに車を走らせます。
 まぁ、山の中だというのは確かなようで、標高が高いところを走るため、気温は低く道路の温度表示は”0度”の表示です。時折、休憩がてら車外に出ると肌を突き刺すような痛みにも似た寒さを感じます。
 で、そんな山の中を進んでいくと、、非常に不思議な光景が現れてきます。
  
  
 
 
 国道19号線は木曽川の傍らを走るのですが、やけに河原の石が大きいなぁ(上流だから当然なのですが)と思って行くと、こんな風景が現れるのです。
 切り立った岩に囲まれ、上流なのに静かな水面。そして岩の色も白くなまめかしくどことなく自然の風景と言うよりは人工物のようにも見えます。
 
 
 
 
 近寄って見ると、こんな感じ。平らな岩原がどのくらいの大きさか分からないでしょうが、小さな公園くらいありまして、どこかの庭園を思わせます。 
 
 そう、こここそが、俳人正岡子規をして「誠やここは天然の庭園にて・・・・・・・仙人の住処とも覚えて尊し」と言わしめ.、木曽八景の中で最も有名な、国の史跡名勝天然記念物「寝覚の床(ねざめのとこ)」なのです。
 
 すごいですねぇ。国の史跡名勝天然記念物なんて。いや、確かに風景は美しいのですが、僕のようなB級トラベラーがこんな一流どころの観光地を訪れていいのでしょうか。昨日までは貧乏神神社とか、ゼロ磁場とか観光マップにも載っていないようなところを訪れていた僕が、こんな有名観光地を訪れていいものなのでしょうか。
 
 って、実は僕がメインで訪れようとしているのは、この「寝覚めの床」の奥の方にある建物だったりします。
  
 
 この小さな祠なのですけれどね、ここにはある有名な方が祀られているのです。多分、誰でも知っている有名人だと思います。誰だと思いますか。 
 はい、この方が祀られているのですね。
 
 
 
   
 
 
 浦島大明神
 
 
 そうです。浦島太郎が祀られているのです。実はここ「寝覚めの床」は浦島太郎が最後にたどり着いた土地という伝説があるところなのです。
 こんな山奥に、なぜ浦島太郎の伝説が残されているのか、と不思議に思う方も多いでしょう。
 たしか、浦島太郎は子供にいじめられていた亀を助け、そのお礼に、海の中にある竜宮城に連れられて、玉手箱を土産に帰ってきたら300年が過ぎていて・・・という話だったはずです。
 しかしですね、この話では語られていない物語があるというのですよ。
 
 なんでも浦島太郎が竜宮城から帰ってきたところは京都の「天の橋立」だそうなのですが、竜宮城から帰ってくると、彼を知っている者は誰一人としてなく、また我が家もなくなっていたので、そこに住むことも出来ずに、途方に暮れてあちこちをさまよい歩いたあげく、この木曽の山奥にたどり着いたというのです。
 で、木曽の山奥で、なんとなく釣りをしたり、村人に竜宮城の話をしたりして、フラフラと過ごしていたのですが、ある日、土産にもらってきた玉手箱を開けてみると、あっという間に三百才の老人になってしまい、ビックリして目を覚ました。
 夢から目を覚ましたということで、ここを”寝覚めの床”というようになった。
 
 と、このような話が残っているのですね、京都から木曽の山奥にきた理由が「途方に暮れてあちこちをさまよい歩いた」というところにいい加減さを感じますが、その強引さが真実がかっている気がするのもまた事実です。
 
 まぁ、浦島太郎が来たか来ないかとか、そんなことは古代ロマンの話なのでそんなのはどうでもいいのですよ。
 
   
 
 ただね、この浦島太郎が祀られている祠にいくまで、こんな大石(写真左)の川原を歩かせるのはどうかなと。(写真を見る限りじゃ、どのくらいの大きさか分からないと思いますけど、だいたい僕の背丈以上ある石ばかりで)
 で、最後はこの岩の上(写真右)にある祠まで行くのです。(写真の岩の大きさは祠の1.5倍くらいでしょうか)
 
 あのですね、僕はどちらかというと、普段は仕事でもプライベートでもパソコンとにらめっこしているようなヒキコモリなのですよ。それが、なんで観光地にきて、こんな激しい運動をしなければいけないのですか。
 別に知る人ぞ知る名所とかなら、まだ話は分かります。けど、ここは国の史跡名勝天然記念物なのですよ。僕よりも幼い子供とか、足腰の弱いお年寄りも訪れるというのに、その中にある建物への道が整備されていないのはどうなのかなと思います。(もっとも後で知ったことですが、一般観光客で、ここまで来る人は無く、だいたい国道沿いの展望台から見る人が多いとか。要は僕がただの物好きだったということですね)
 
   
 
 さて、「寝覚の床」で浦島伝説をもっとも数多く残しているのが、「寝覚の床」の傍らにあるこちらの「寝覚山臨川寺」。右写真を、見ても分かるようにかなり立派なお寺です。
 このお寺の由来は今から約1200年前、浦島太郎が玉手箱を開けた後、どことも無く姿を消したそうなのですが、その住居跡を見ると、竜宮城から授かってきた弁財天の尊像や遺品があったので、これを祠に収め寺を建て、その菩提をとむらったのが始まりとか。
 なるほど、してみると乙姫様は弁財天であり、いわば神様であったと。その神の世界を訪れた浦島太郎がどのような体験をしても不思議ではないわけですね。
 まぁ、それはさておき。
 
  
 
 
 で、浦島太郎にまつわるところとしてこんなものが寺内にあります。一見すると右の写真はただの池ですが、左のような石碑が立っています。実は、この池、玉手箱を開けた浦島太郎が、この池の水面に写る老人を見て、自分が変わり果てた姿になったことに気づいたと言われている池なんですね。その名も「浦島太郎姿見の池」
 ううん、浦島太郎の伝説はさておいても、少なくとも1200年も前に出来たこんな小さな池が現在に残っていることだけで、十分に不思議ですね。
 
 
 
 しかしこの臨川寺のメインスポットは、「浦島太郎姿見の池」ではなく、この宝物館です。通常の寺の宝物館のように縁起絵巻なども展示されているのですが、それはそれ浦島太郎の名所ですので、こんなものが展示されております。
 
    
 
 やはり、浦島といえば亀でしょう(写真左)こういう亀に乗って竜宮城にいったわけですね。そして、何やら古めかしいツボ(写真右)白いのはフジツボです。こういうツボの中に浦島太郎の時代の人達は魚を入れていたという見本ですね。 
 
 しかしですね。メインはこのようなものではありません。あっと驚くものがここには展示されています。 
 
 
 
  
 
 
 浦島太郎の釣り竿
 
 
 どうですか、コレ。浦島太郎が使っていたという釣り竿が現在に残っているのですよ。これで木曽川の魚を釣っていたわけですね。浦島の大将とか呼ばれて。
 もしかすると木曽川の主のおばけ鯉との対決の物語があって、地元ではそちらの方が話題になっていたりしたのかもしれません。
 あるいは実はこれは呪われた釣り竿で、魚は恐ろしく釣れるが、その分だけ自分の精気を吸い取られ、浦島太郎が老いたのは玉手箱ではなく、この釣り竿のせいだったので、使うのを恐れた人達が寺で供養したのかもしれませんね。
 
 
 ・・・って、すいません。釣り漫画の見すぎです。(だって漫画だと、この辺りの話、定番なんですもの)
 
 
 ということで、国の史跡名称天然記念物「寝覚の床」は美しい観光地であると同時に、怪しげな浦島伝説を残す脱力観光地なのでした。


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