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【地域】
 新潟県加治川村
【ジャンル】
 伝説スポット
【参考リンク】
 
鬼の墓地図

2004/5/17 鬼の墓

 
 
 国道7号線から少し奥に入ったところにある、この小山、一見すると農村地帯にあるただの小山にしか見えないのですが、実は昔の山城ということでして、現在では”大天城公園”という城址公園となっております。
 

 この大天城(おおてんじょう)、典型的な山城でありまして、石垣どころか城柵すらもないような感じなのですが、このようにそれらしき標識が立っております。
 さて、ところで僕がここを訪れたのはこの城跡の城主だった人に非常に興味があったからなんですね
 この城跡の城主の名は青鬼監人(あおきかんど)と呼ばれる人物。平安末期に加治郷を支配した人物であり、一説には黒鳥兵衛の部将であったとの説もあり、「鬼」の名で呼ばれ、姓は青鬼のほか、青木、大木、黄鬼、応宜など、名の方も監人のほかに貫道、間道、角外、勘藤六などの当て字が伝えられている人です。
 黒鳥兵衛と言えば、こちらも”鬼”と言われた人物でして、いわゆる反朝廷派の武将を”鬼”と呼んでいただろうことは想像に難くないわけですが”鬼”と呼ばれることからも、黒鳥兵衛と並ぶほどのかなりの猛者だったのでしょう。
 この青鬼監人という人物は諸将とのあつれきで敗死(一説には黒鳥兵衛死後、その敵の加茂次郎に討ち取られたとも)し、ここより北方400メートルのところにある青鬼崎に大石を墓標として埋葬されたということで、そこにはさらに鎌倉期に高さ2mの三重の石塔が建てられており「鬼の墓」と呼ばれているとか。
  

 
 ということで行ってきました、写真が鬼の墓です。左の大石の下に青鬼監人は埋葬されたのでしょう。
 などと簡単にたどりついたように書いていますが、もちろん案内標識などありませんで、通る人々に聞きながらたどり着きました。ちなみに大天城公園の案内看板には”鬼の墓”と呼ばれていると書いてありましたが、「鬼の墓ってどこにありますか?」と土地の人に聞いても分かりませんでした。「青鬼崎にあるらしいのですが」と言うと「ああ、青鬼様かね」という感じで道案内してくれました。3人くらいの人に聞いたのですが、皆一様に「青鬼様」と言っていました。
 彼が死んだ平安時代から数えると千年近く経っているわけでして、未だにそのような敬称で土地の人に呼ばれていると言うことからも分かるように、実は「鬼」と言っても、恐ろしいものではなく、地元の人々には絶大な人気があるような人格者だったのでしょう。
 なんとなく平安時代においての中央と地方の対立と差がどれくらいあったかということがこんな事からも分かりますね。
 


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